脳科学でみる「いじめ」

 近年、「いじめ」は立派な社会問題として取り上げられています。いじめが原因で亡くなってしまうという悲しいニュースもよく耳にするでしょう。 

 「いじめを許さない学校」をスローガンにしつつ、学校や教育委員会では、いじめが自死につながるような重大事態が起こっても、被害者の気持ちに寄り添うどころか、なかなかいじめを認知できない、被害者が自殺という最悪の結末を選んでしまっても、加害者グループは反省するどころか、堂々と学校生活を送り、次のいじめの対象となる児童・生徒を探して再びいじめが起こってしまい、その流れは止まることがない。

 こうした人間集団における複雑かつ不可解な行動を、科学の視点で解き明かそうとする研究が世界中で進められています。

「共感能力」の未発達が生み出すいじめ

 その中で分かってきたことは、実は社会的排除は、人間という生物種が生存率を高めるために、進化の過程で身に着けた「機能」なのではないかということです。

 つまり、人間社会において、どんな集団においても、排除行動や制裁行動がなくならないのは、そこに何かしらの必要性や快感があるから、ということです。

 本気でいじめを防止しようと考えているのであれば、「いじめがやまないのは、いじめが辞められないほど楽しいものだからなのではないか」という考えたくもないような可能性を吟味する必要があるのではないでしょうか。

 例えば、子供のいじめを回避するためには、「相手の気持ちを考える」「相手の立場になって考える」といった指導では不十分であったことは自明です。これはいくら「相手の気持ちを考えましょう」と教え諭したところで子どもの脳は「共感」の機能が未発達であるからです。「共感」の機能はじっくり育てていくことが大切なのですが、いじめを回避したい場合には間に合いません。

 特に子供のころは、「誰かをいじめると楽しい」という脳内マヒに対して、共感というブレーキは働かないため、これを止めるには「自分が相手を攻撃すると自分が損をする」というシステムが必要になります。

いじめのメカニズム

集団をつくるわけ

 人の肉体はほかの動物と比べ、非常に脆弱です。ライオンやトラのような猛獣と戦って勝てるヒトはほとんどいませんし、逃げ足も遅く、容易につかまってしまいます。そんな弱者であるヒトがこれまで生存するために作っていたのが集団です。

 もちろん道具も使いますが、子供や子供を抱えたメスは道具を使っても単独では猛獣との戦いには勝てる見込みが薄いでしょう。多くの動物が生存戦略として群れを作って行動しているわけですが、ヒトの場合はこの集団において高度な社会性を持っていたことが種として発展する根源にあったことだろうという考え方があります。

集団にとっての脅威

 種を残すために社会的集団を作り、協力的行動をとってきたヒトにとって最も脅威となるものは何でしょうか。敵、とも言えますが、じつは「協力行動をとらない、邪魔をする人」「ズルをする人」が脅威になります。

 集団を維持するためには、お互いに労働や時間、物、お金、情報といった資源を出し合わなければなりません。だからこそ集団において「必要とされる人」「いい人」とは自己犠牲をいとわずにみんなのために力を尽くせる人です。

しかし、みんなが平等に資源を出し合っているのに、自分は協力せずに、みんながだした資源にただ乗りして利益を得ようとする人がいると、多くの人が犠牲を払うことは損をしていると考えるようになり資源を出さなくなります。そのことによって集団は機能しなくなり、やがては崩壊してしまうのです。

脅威をなくそうとする本能

 そこで、集団を壊すリスクを回避するために、ただ乗りをしかねない人を排除する必要が出てきます。

 しかし、排除行為を行うためには、労力がかかり、リベンジされる危険もあります。しかし、集団が生き残るには必要不可欠でした。

そのため、共同体にとって邪魔になりそうな人物を見つけた場合には制裁行動を起こして排除しようとする機能がリスクを恐れないために脳に備え付けられたといわれています。

 学術用語では、このただ乗りしかねない人を見抜く機能を「裏切り者検出モジュール」そして制裁行動を「サンクション」といいます。

制裁行動は悪いことなの?

 仲間を守ろう、社会性を保持しようという集団を維持するための行動を反社会性と対比して、向社会性といいます。この働き自体は悪いものではなく、私たち人間にとってなくてはならないものでした。しかし、この向社会性が高まりすぎると、同時にその反動として、危険な現象が表出することがあります。その危険な現象は二つあると考えられています。

 一つは排除感情の高まりです。自分たちとは違う人々に対する敵対心、あるいは不当に低く評価する気持ちです。

 もう一つは排除しなければという感情に伴う行動、すなわち制裁行動が発動すべきではないときにも発動してしまうときにおこる現象です。

たとえば、ルールを破ろうとしているのではなくルールを知らなかっただけの人や、体が小さいがために役に立たなさそうに見えてしまう人、みんなの常識と違った格好をしていたり、標準的な可愛さよりもちょっと目立つ可愛さがあったりするなどといった対象に向けて、制裁感情が発動してしまうことがあります。

これを「過剰な制裁」(オーバーサンクション)といいます。

まとめ

いじめのメカニズム、理解していただけたでしょうか。もともとは集団社会から「ズルをする人」を排除しようという目的で備わった脳の機能。これが過剰に反応してしまうことでいじめに発展してしまいます。この現象は学校内や会社といった組織でも起こりうることです。いじめには決して賛成できませんが、こういったプロセスを見ると、避けるのが難しいことがわかるかと思います。

harukata

「大学では何をするんだろう?」「実際の授業はどんなの?」と思っている方のために大学の授業内容や、現役大学生に向けて、知っておくべき社会の問題などを主に紹介しています!将来に少しでも不安を感じている方の力になれれば幸いです。

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